第2章 エンゼルの繁殖と商品としてのエンゼル

このページでは繁殖の入門種であるエンゼルフィッシュですが、実は『商品』になるエンゼルフィッシュの繁殖は単に殖やせるのとは全く別物と言って良いほど異なる事なのです。今回は熱帯魚を繁殖させる場合の心構えとエンゼルの商品的価値についてお話したいと思います。

エンゼルに限らず魚を繁殖される心構え

まずは熱帯魚を繁殖させる場合の心構えについてお話をしたいと思います。自分の水槽で魚が繁殖する光景は非常に感動的で魅力のある事ですが、同時に魚を繁殖させる事は人の自由でも増やした後の魚に対して責任を持った対応をする事ができないのでしたら魚に限らず生物を繁殖をさせる資格はありません。

最初は誰でも失敗を繰り返して上達するのが普通です。なかなか繁殖に成功しない人にはうらやましい話だと思いますが、魚が殖えすぎてしまった場合などは時として辛い決断をしなくてはならない事もあります。これはエンゼルに限らず、生物を繁殖させると言う事は楽しいだけではない事を理解した上で、充分な責任を持って頂きたいと思います。

エンゼルに限らず、繁殖が容易な魚はある程度コツをつかむと初心者でも本当に大量に繁殖できてしまうケースが多く見られます。エンゼルを例にあげて説明すると、若い親魚は7日~10日前後のサイクルで少なくとも150~300個ほどの卵を産卵し、うまく育てると少なくとも100尾以上の稚魚が毎週のように増えていく事になります。仮に少なく見積もって毎週100尾のエンゼルが生まれたとして1ヶ月を4週間とすると実に1ヶ月で400尾以上、1年間で4800尾のエンゼルが誕生する事となります。

これを全て育てたとしたら、よほど水槽を沢山お持ちの方でなければ、これだけ量のエンゼルを飼育する事はできませんね。エサ代や電気代だけでも相当な金額になるはずです。主に繁殖した魚は魚を購入したお店など馴染みのあるお店でしたらエサ等と交換という形で引き取ってもらう事となると思いますが、ここで大きな問題が生じる事になります。それは引き取ってもらう上でのエンゼルの品質と需要ついてです。

エンゼルフィッシュの品質については、繁殖可能な様々な熱帯魚の中でも『繁殖は簡単でも売れる商品を作るのは難しい魚』と言う事です。 なぜなら、エンゼルフィッシュはディスカスと比べても過密飼育による品質の低下が激しく、ヒレがきれいに伸びたエンゼルと過密飼育によって『ヤッコエンゼル』と呼ばれる海水魚のヤッコやディスカスのようにヒレが丸くなってしまったエンゼルでは後者は商品価値が著しく低下してしまいます。

特に個人が増やしたエンゼルは過密の程度を理解できずにヒレを短くしてしまう傾向が強く、しかもこの商品価値の低いエンゼルを大量に持って来られても、お店としては余計な水槽スペースを必要な上に形が悪くては売るに売れないと言う困ったものとなってしまいます。

趣味の繁殖と商業繁殖の大きな違い

エンゼルの需要については大型シクリッドなどを繁殖されても引き取り手に困るのが常ですが、需要のある程度は存在するするものです。ですが、育てる前に上記で解説したように繁殖をさせる側では無く、引き取るお店側の気持ちになってみて下さい。普通はお店が熱帯魚を仕入れる際には問屋よりお店が仕入れたいと希望する熱帯魚、希望する数だけを仕入れるのですから、誰が見ても欲しいと思えるような素晴らしいエンゼルでも、1種類を大量に繁殖させてお店で売り切る事ができないほど持ち込まれるとお店を困らせるのは当然の事です。

また、増やすエンゼルの品種においても並エンゼルやゴールデンエンゼルは比較的人気が高いのですが、マーブルエンゼルはそれほど人気が無いので嫌がられるなど需要の問題もあります。これらの人気の有無はお店に引き取ってもらう場合はそのような事も注意しなくてはなりません。プロとアマの違いはクオリティの高いエンゼルを安定して繁殖できるかと言う問題と共に、その需要と供給についてもよく考えて行なうべき問題であることをよく理解する必要性があります。

オオツカ熱帯魚をご利用のお客様の場合でも数多くの品種から自分の気に入った品種を欲しい数だけ購入できる点が丈夫で高品質なエンゼルという以外にも当店の強みになっているはずです。これが例えばどんなに良いエンゼルでも並エンゼルしか売っていなければ少なくとも当店で購入したいという気持ちはあまりならないと思います。

このように単に『エンゼルを殖やせる』と『商品になるエンゼルを殖やす』では全く異なる事です。その点を充分に考慮してから繁殖を行って頂ければ幸いです。プロブリーダーとしてエンゼルを繁殖させている私からの忠告としては、『お店で○○○円で売っていたから半額でも買って貰えれば儲かる…』のような甘い考えは絶対に持たない事です。(気持ちは解らなくもありませんがほぼ間違い無く【捕らぬ狸の皮算用】 になります)

東南アジア産の安価なエンゼルが大量に出回っている現在では『質より量』と言う嘆かわしい現状で国内のブリーダーでさえ採算が合わず、辞めていくような状況ですから利益を出す事が極めて難しい事は充分に理解して頂けると思います。 

お店にとってはあくまで仕入れるつもりの無いエンゼルを引き取るのですから繁殖した子供をお店に引き取ってもらう事が前提条件であれば小さいうちに子供の数を間引いて標準60cm水槽ではSサイズ~Mサイズまで形よく育てる為には普通は20~30尾程度が限度です。

育てる量を多くても50匹以内まで減らして品質の良い物を作れれば『買取り』では無く、引き取ってもらうと言う気持ちで交渉されれば常連となったお店では対応してもらえると思います。(質問ばかりしてほとんど何も買わないような方やしつこく値切るなど、お店にとって迷惑な方は断られるはずですからお店との付き合いは大切にしましょう)

また、数が少なくてもよほど回転の良いショップでなければ毎週のようにエンゼルを持って来られても引き取ってもらえない事も充分に考えられます。あくまで繁殖をさせる場合は産卵してもそのまま放置して稚魚が育たないようにするなどの事も重要となりますから、自分の都合だけで殖やすのではなく自分がおかれた環境を充分に考えて本当に繁殖をさせて良いのか判断して下さい。

これはエンゼルに限らず大量に繁殖する魚は全てに当てはまる事ですので、繁殖を行う場合は楽しい事だけではなく魚を処分するような苦しい経験も時として必要となります。せっかく繁殖させた魚が哀れな運命を辿らないように、繁殖を行う際には責任を持って繁殖を楽しんで頂けると幸いです。


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